通過儀礼 お子さまが成人になるまでの儀式 『お食い初め』 他= 雛人形・五月人形の小木人形 埼玉県 さいたま市 岩槻=

九月といえば2026年は9月22日に「敬老の日」を迎えます。お子さまの行事 敬老の日

「敬老の日」をお迎えされますこと心よりお喜びいたします。

これからもご健勝をお祈り申し上げます。

61歳 還暦

70歳 古希

77歳 喜寿

80歳 傘寿

88歳 米寿

90歳 卒寿

99歳 白寿

お子様が生まれてはすぐにお七夜、お宮参り、お食い初めと続いてまいります。

お七夜  生まれて七日目に健やかな成長を祝う儀式、名前が決まる『命名式』として知られます。

お宮参り 生まれて30日目ぐらいで、氏神様にお子さまの誕生を報告する儀式です。

お食い初め 生まれて100日目ぐらいが一般的ですが、一生食べ物には困らないようにと願います。

 

お子さまの行事料理 お食い初め

 

お子様行事『お食い初め』の料理

えびしんじょう椀

■材 料 6個分■

白身魚すり身100g えび6尾

A(卵黄1個分 油小さじ1 片栗粉大さじ2 塩ひとつまみ)

だし汁1リットル 塩小さじ1 しょうゆ大さじ1/2

三つ葉6本 ゆず皮1/4個分

お子様の行事 お食い初め えびしんじょう椀

■作り方■

<前日作業>

① えびは小さく刻み、包丁でたたきながら

白身魚すり身と混ぜ合わせる(練り合わせる感じで)

② ①をボウルに移し、Aを混ぜ合わせ、

ラップで包み、輪ゴムで止める

*①、②の工程はフードプロセッサを使用してもよい

③ ②を形が崩れないように小さめの器に入れ、蒸し器で10分蒸す

④ 粗熱をとり、冷蔵庫で保存する

<当日作業>

⑤ ④のラップを取り、熱しただし汁に加え、弱火で温める

⑥ 塩、しょうゆで調味し火を止める

⑦ 三つ葉は結んで⑥にさっとくぐらせ、えびしんじょうの上に千切り柚子と共に盛りつけ

 



 

人形のまち 岩槻 小木人形

破魔弓・羽子板

雛人形TOP

雛人形(ひな人形)、ひな祭りの由来と歴史

人形のまち岩槻 小木人形 ひな人形初めてクラブ人形のまち岩槻 小木人形 五月人形はじめてくらぶ

重陽の節句は五節句のなかでも特に大切にされた= 雛人形・五月人形の人形専門店 小木人形 埼玉県 さいたま市 岩槻=

 五節句とは季節の節目に当たる日で、一年に五回の節句を祝う

 

五節句とは、江戸時代に幕府によって制度が定められました。

  一月七日=人日の節句(七草の節句)

    三月三日=上巳の節句(桃の節句)

    五月五日=端午の節句(菖蒲の節句)

    七月七日=七夕の節句(星まつり)

    九月九日=重陽の節句(菊の節句)

特に三月三日の「上巳の節句」、五月五日の「端午の節句」は子供の祝いとして発展し、雛人形や五月人形を飾って楽しむ賑やかな祭りになりました。

 

 



 

人形のまち 岩槻 小木人形

破魔弓・羽子板

雛人形TOP

雛人形(ひな人形)、ひな祭りの由来と歴史

人形のまち岩槻 小木人形 ひな人形初めてクラブ人形のまち岩槻 小木人形 五月人形はじめてくらぶ

人形のまち岩槻 小木人形 五月人形雛人形・五月人形 人形のまち岩槻 小木人形

九月九日は五節句の一つ重陽の節句(菊の節句)ー雛人形・五月人形は埼玉県 さいたま市 人形まち岩槻 小木人形ー

九月九日は長寿を祈る、重陽の節句。

 

重陽の節句は旬の菊を冠して菊の節句とも呼ばれます。

九が二つ重なることから「重陽」と。

奇数は縁起が良く、中でも九は最も大きな用の数ですが、気が強すぎることから魔を祓い、長寿を祈る節目の日とされ、用の数が重なるおめでたい日とされるようになりました。

 

「菊の節句」ともいわれるこの日には、平安時代の貴族のあいだでは、女性には特別な習慣があります。

雛人形・五節句 重陽の節句
重陽の節句の前夜の八日に、菊の花を高価な真綿で覆い、菊の露と上品な菊の香りを移します。

露に湿ったその真綿を肌にあてて清めると、若返り、寿命が千年延びると言われていたようです。

菊の露若ゆばかりに袖ふれて 花のあるじに千代はゆづらむ

紫式部日記

藤原道長の奥方から菊の花を真綿で覆ったものを贈られた紫式部は、ほんの袖先だけ触れさせていただき千年の寿命はあなたにお返しします。

 



 

人形のまち 岩槻 小木人形

破魔弓・羽子板

雛人形TOP

雛人形(ひな人形)、ひな祭りの由来と歴史

人形のまち岩槻 小木人形 ひな人形初めてクラブ人形のまち岩槻 小木人形 五月人形はじめてくらぶ

人形のまち岩槻 小木人形 五月人形雛人形・五月人形 人形のまち岩槻 小木人形

時を経て今に引き継ぐ人気の五人囃子を取り入れた三段飾りの雛人形ー雛人形・五月人形は人形まち岩槻 小木人形ー

豪華絢爛な江戸の雛人形は雛市ひないちで我が子に用意された。

我が子の誕生に古今雛と五人囃子を雛段に飾り愉しんだとされます。

現代でも五人囃子を取り入れた三段飾りのひな人形は人気です。

 

雛人形・京十番親王芥子官女・五人囃子付10人焼桐三段飾りNo3010C

【商品番号】京十番親王芥子官女・五人囃子付

  焼桐三段飾り No3010C

【サイズ】間口80cm×奥行85cm高さ83cm

 

親王様は臥蝶の丸の有職文様の気品高い衣装です。

五人囃子は蜀江文様で全体を引き締めた飾り方になっております。

 

 



 

人形のまち 岩槻 小木人形

破魔弓・羽子板

雛人形TOP

雛人形(ひな人形)、ひな祭りの由来と歴史

人形のまち岩槻 小木人形 ひな人形初めてクラブ人形のまち岩槻 小木人形 五月人形はじめてくらぶ

人形のまち岩槻 小木人形 五月人形雛人形・五月人形 人形のまち岩槻 小木人形

日本の心、失いたくない美しい伝統行事 ひな祭りを再認識 =小木人形 埼玉県 さいたま市 岩槻=

『健やかに育ち、おひなさまのように美しく育つように』と雛人形でお祝いです ♪

 

 

雛人形 おひなさま 黄櫨染親王イメージ

どうしてひな祭りは三月三日にするの

 昔々、三月のはじめての「巳の日」にお祓いをしたことからはじまったの。

 日本でも今から千年ぐらい前のお話にも出てくる行事で、このお祓いの日には皆が川原に出て、人間の形に切り抜いた紙 ヒトカタ(人の形を象徴的にかたちづくったもの)で体中を撫でて、病気や穢れをこの紙にうつして、川に流しました。

 やがてこれに貴族の子どもたちの間で日常的に行われていた「ひいな遊び」(人形遊び)が結びつき、三月三日に人形で遊ぶ習慣がうまれました。

日本歳時記 ひな祭り

 

 江戸時代になって、人形がだんだんと発達して工芸的に立派なものが作られるようになると、男女一対の人形を「おひなさま」と尊んで、三月三日にこれを飾り、季節の食べ物などをお供えして女性たちが無事健康に過ごせることを願うようになりました。

 

 赤い毛氈などで神聖な場所をつくって、赤ちゃんを守ってくれるおひなさまを飾り、お供え物をして願い事をします。

 



 

人形のまち 岩槻 小木人形

破魔弓・羽子板

雛人形TOP

雛人形(ひな人形)、ひな祭りの由来と歴史

人形のまち岩槻 小木人形 ひな人形初めてクラブ人形のまち岩槻 小木人形 五月人形はじめてくらぶ

人形のまち岩槻 小木人形 五月人形雛人形・五月人形 人形のまち岩槻 小木人形

雛人形の歴史 約3百年前徳川家からの注文品は例外とし雛道具に奢侈取締令ー雛人形・五月人形は人形まち岩槻 小木人形ー

着るもの、持ち物、遊興に至るさまざまなものに対して奢侈取締令を雛人形も例外ではない

 

泰平の世が続くと、士農工商という身分差別をつけて、商人を一番低い身分に置いたが、商人は財を貯え奉公人を多くかかえ、社会における隠れた支配力を持つようになってくる。

奢侈しゃし取締令は、当然これに目をつけるのは徳川幕府の政策で、民間のぜいたくを取り締まるおふれを度々出した。

この時の対象は雛道具であった。

道具には豪華絢爛、金をかけたものが多く作られた。現在の雛道具よりもずうっと種類も多く、成功なミニチュアであった。金持ちの商人の娘が大名の姫君と同じようなものを作って飾っていたのでは具合がよろしくないというので摘発。

奢侈取締令が雛に適用されたのは最初は慶安2年2月(1649年)今から約3百年前のことである。

民間の美化的傾向を取り締まったものだが、徳川家からの注文品は例外としている。

つまり民間にかぎっている。

 

人形にはまだそれほど高価で目に余るものはなかったようである。

寛文3年(1663年)元禄17年(1704年)享保6年(1721年)と取締令は四回出されているが、享保の時が最も厳しかった。

それまでの取締令が、どちらかというと、ザル法で一時的にハイを追うような結果に終わっているのに対し、享保の取締は徳川吉宗自ら範をたれるというので、一切まかりならないという厳しいものであった。

一例をあげると、ひな人形の寸法は八寸(約30cm)以下とし、雛道具も黒塗りだけで、これに蒔絵をかいたり、金銀の金物を使っていけないということなどがある。

 

岩槻人形博物館 『紫檀象牙細工蒔絵雛道具 江戸時代』

 



 

人形のまち 岩槻 小木人形

破魔弓・羽子板

雛人形TOP

雛人形(ひな人形)、ひな祭りの由来と歴史

人形のまち岩槻 小木人形 ひな人形初めてクラブ人形のまち岩槻 小木人形 五月人形はじめてくらぶ

人形のまち岩槻 小木人形 五月人形雛人形・五月人形 人形のまち岩槻 小木人形

よくある質問 どのようにして岩槻人形の起こったのですか? ー雛人形・五月人形は人形専門店 埼玉県 岩槻 小木人形ー

岩槻は人形のまち、城下町として有名になっています。

川越とともに岩槻は城下町で、三代将軍徳川家光が東照宮の造営に当たりますが、岩槻は地理的に江戸から日光へおなり街道に出た最初の宿場町であり、江戸にとってはノド首に当たり重要視されておりました。

日光東照宮の造営は寛政元年に始まり寛政十三年に終わりましたが、その間全国から集まる工人も多く、木材などの資材を運搬する人馬の往来で賑わいました。

完成後も参拝の客はあとをたたず、『日光を見ずして結構と言うなかれ』と言われるほど名所になります。

なんねんかごとに行われる東照宮の修築の際には、全国から有名無名の工品が沢山集められ、地方都市には珍しく人々の交流が盛んでした。

  岩槻にすぎたるものが二つある  児玉南柯と時の鐘

歴史と人形のまち岩槻 宿場町 御成街道

東照宮の造営や修築にたずさわった工匠たちが、江戸への帰途、あるいは東海、近畿その他遠地への帰途に立ち寄った。

いろいろな事情から岩槻に居ついてしまい、関東一円は桐の産地で、桐の集積は容易であったことから、職人にもこと欠くことがンく、陸路だけでなく、綾瀬川を利用して江戸まで桐製品を送り込まれ、この水上交通は明治、大正のころまで続きました。

桐製品を作る時には相当なが出る。

このおが屑は後に岩槻を大きく変貌させて日本第一位の人形生産地にのし上げます。

 

 



 

人形のまち 岩槻 小木人形

破魔弓・羽子板

雛人形TOP

雛人形(ひな人形)、ひな祭りの由来と歴史

人形のまち岩槻 小木人形 ひな人形初めてクラブ人形のまち岩槻 小木人形 五月人形はじめてくらぶ

人形のまち岩槻 小木人形 五月人形雛人形・五月人形 人形のまち岩槻 小木人形

雛人形の歴史 江戸の風物詩 『雛市』は17世紀終わりに現れる=小木人形 埼玉県 さいたま市 岩槻=

雛遊という呼び方から雛祭という呼び方に変わるのは享保(1716年)以前

 

京都で生まれた雛遊はあくまで貴族社会の縮図

京都の雛遊を江戸へもたらした一人として春日局かすがのつぼねと言われます。

太平の世になると、武家や公家の風習は町人にも伝わり、町の雛祭りも派手になります。

京都から江戸へ雛遊が移入され、民間でも三月三日に定期的に行なうようになったのは、大体官営の末期頃(1640年)と言われております。

江戸風俗の雛売・雛市

 

雛売

 雛市とは違って移動販売の便利さがあったようです。雛売りも寛政(1789年)には雛市におされてしまいました。

2月中旬から「乗り物ほかい、雛の道具」と呼んで、葛籠を両掛けにして、売りに来たものです。

雛市

 享保(1716年)に開市されたたものらしいといわれ、十間店じっけんだなは後に十軒店じっけんだなとなりました。

場所は今の日本橋室町二丁目、三丁目にあたり

 



 

人形のまち 岩槻 小木人形

破魔弓・羽子板

雛人形TOP

雛人形(ひな人形)、ひな祭りの由来と歴史

人形のまち岩槻 小木人形 ひな人形初めてクラブ人形のまち岩槻 小木人形 五月人形はじめてくらぶ

人形のまち岩槻 小木人形 五月人形雛人形・五月人形 人形のまち岩槻 小木人形

雛人形の歴史 江戸で生まれた豪華絢爛な座雛『古今雛』=小木人形 埼玉県 さいたま市 岩槻 人形専門店=

『古今雛』は江戸町人が作り上げた雛人形

 

次郎左衛門雛の衰退は、江戸人の好みにあった江戸雛として、古今雛が登場するに及んで、全く姿を消しました。

古今雛が従来の雛と違う点だけ取り上げますと、衣裳に金糸、色糸を使って、鳳凰や薬玉の縫紋を加工したり、袖に紅綸子べにりんずを用いて色彩を豊かにしたことと、二畳台を設けて雛を据えていること、頭が写生的に精巧を極めた点などがあります。

 

雛人形の歴史 古今雛

岩槻人形博物館所蔵




 

人形のまち 岩槻 小木人形

破魔弓・羽子板

雛人形TOP

雛人形(ひな人形)、ひな祭りの由来と歴史

人形のまち岩槻 小木人形 ひな人形初めてクラブ人形のまち岩槻 小木人形 五月人形はじめてくらぶ

人形のまち岩槻 小木人形 五月人形雛人形・五月人形 人形のまち岩槻 小木人形

雛人形の歴史 座雛が技術的に完成へと『次郎左衛門雛』=小木人形 埼玉県 さいたま市 岩槻 人形専門店=

『次郎左衛門雛』は京都の岡田姓菱屋次郎左衛門が作り始めたとされています。

雛人形の歴史 次郎左衛門雛

岩槻人形博物館所蔵


上級の武家や伝統を重んじる公家などでは、長く重用されました。

 

次郎左衛門雛の特徴は、面長に描いた首を整った曲線でまとめ、顔は引き目かぎ鼻の典雅な筆で全体に清新な味を表現しています。

男雛は、黒袍に、くぼみに霞の紋が浮織になっている袴をつけます。

女雛は、五衣いつつぎぬ唐衣からぎぬに裳すそをはいています。

 



 

人形のまち 岩槻 小木人形

破魔弓・羽子板

雛人形TOP

雛人形(ひな人形)、ひな祭りの由来と歴史

人形のまち岩槻 小木人形 ひな人形初めてクラブ人形のまち岩槻 小木人形 五月人形はじめてくらぶ

人形のまち岩槻 小木人形 五月人形雛人形・五月人形 人形のまち岩槻 小木人形