律儀者で辛抱強いがゆえに、天下を取った家康公
鷹狩りをしながら何度も岩槻を訪れています。
徳川家康は無類の鷹好きとして知られ、一説にはその生涯において千回以上も鷹狩りを行ったと言われています。
鷹狩りは単なる娯楽ではなく、健康増進、民情視察、軍事調練等を兼ねたものでした。
家康は関東に入封した翌年の天正19年(1591)から忍、川越、岩槻など諸城周辺で鷹狩りに興じています。
慶長12年(1607)駿府に引退した後も、家康は鷹狩りで毎年のように江戸に下り、川越、鴻巣、忍、岩槻、越谷などへ訪れています。
第13回城下町岩槻鷹狩り行列は下記日程で開催
開催日:2025年11月3日(金・祝)
徳川家康 東照大権現
幼年は織田・今川両家の人質であったが、桶狭間の合戦後、岡崎に戻り独立。
三河平定や織田信長の死を経て五か国の大大名へと成長。
小田原攻め後には、豊臣秀吉より関東六か国を与えられ、天正18年(1603)に幕府を開き、約260年間続く泰平の世の礎を築いた。
死後は静岡の久能山に埋葬され、翌年、東照大権現の神号を贈られ、日光に改葬される。
雛人形の早期予約会、お子様の初正月飾り破魔弓・羽子板は11月1日からの営業に間に合わせ、ただいま準備中です。