お子さまの初正月飾り 羽子板

秋といえば『菊花展』ですね。

慈恩寺観音で観賞できる菊花展は今年は11月3日からです。

とっても楽しみです。

ところで、初正月飾りの『羽子板』も健やかな成長を願いをこめて、飾ります。

お正月の羽根突きは、江戸時代の昔から女の子の遊びです。 そしてこの羽子板は、女の赤ちゃんの無病息災のお守りの意味を持っているのです。

羽子板で付く羽根の玉、あの黒くて硬い玉は゛むくろじ゛という大木の種ですが、これは漢字で『無患子』と書きます。

すなわち『こどもが患わない』という意味を含んでいるとも考えられるでしょう。 また、昔は羽根の形をトンボに見立てて、トンボが蚊を食べる益虫であることから、お正月に羽根を突くと、夏になっても蚊に食われることがないことから、長い間信じられてきました。

 

また10月下旬~11月中ごろには七五三のお祝の行事がございます。

七五三のお祝料理

お子さまの成長に感謝し、幸せを願って氏神様に詣でる行事です。

三歳・五歳・七歳という節目に、子供の成長に感謝し、これからの幸せを祈る行事です。

 

  • 三歳=「髪置き」男女とも生後2,3年は髪を剃っていた赤ちゃんが、髪を伸ばせるまでに成長した祝い

  • 五歳=「袴着」男の子が初めて袴をはく祝い

  • 七歳=「帯解」女の子の着物に付いていた付紐をとり、初めて帯をつける祝い

『お子さまの行事の料理』では七五三のお祝料理をご紹介しています。ご利用ください。

 

11月1日よりお子さまの初正月飾り 破魔弓、羽子板飾り、同時に雛人形予約会を開催いたします。

雛人形・五月人形・破魔弓・羽子板・人形のまち岩槻 小木人形

雛人形・五月人形は人形のまち岩槻 小木人形

(岩槻工業団地内)

 赤ちゃん授乳室完備

雛人形、五月人形カタログ表紙

2014年度雛人形・五月人形のカタログ表紙のデザインが決まりました。

平成26年度のカタログ製作中です。

雛人形新カタログは12月初旬よりお送りいたします。

 

五月人形新カタログは平成26年2月初旬よりお送りいたします。

是非!!ご利用ください。

 

〈デザイナーさんからのコメント〉

今まで長くイラストの表紙でしたが、今年から新たな展開を目指し、

思いきり表紙のデザインを変えてみました。

ひな人形カタログの表紙は「愛らしく」、

五月人形カタログの表紙は「勇猛果敢」をコンセプトで制作いたしました。

皆様に小木の人形の素晴らしさが伝われば幸いです。

11月1日よりお子さまの初正月飾り 破魔弓、羽子板飾り、同時に雛人形予約会を開催いたします。

雛人形・五月人形・破魔弓・羽子板・人形のまち岩槻 小木人形

雛人形・五月人形は人形のまち岩槻 小木人形

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お子さまの初正月飾り 破魔弓・羽子板飾り

お子さまのお正月飾りむ破魔弓・羽子板は11月1より営業いたします。

破魔弓の由来

男児の初正月には、逞しく、健やかに育って欲しいとの願いをこめて破魔弓は飾ります。

呼んで字のごとく、破魔弓はずばり魔除け、厄除けのお守りです。

弓の的は昔はハマといいました。

破魔弓はこのハマに漢字を当てはめたものです。

同じようなものに神社の破魔矢や、 棟上の際屋根に立てる破魔矢があります。

これらはいずれも弓矢の持つ霊の力を信じることから生まれた習慣です。

破魔弓の四つ矢飾り 

弓を中央に、四方に東西南北の守り神が配される意味から四本の矢が基準です。

四神とは

  • 東方の神 青龍神(せいりゅうしん) 青い龍
  • 西方の神 白虎神(びゃっこしん) 白い虎
  • 南方の神 朱雀神(すざくしん) 赤い鳥
  • 北方の神 玄武神(げんぶしん) 黒い亀

 

四神獣は中国から朝鮮、日本にも伝わり、古墳の玄室の四方の壁に描かれています。

高松塚古墳、キトラ古墳などの古墳の四方の壁に絵かがれています。

 

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人形のまち岩槻 人形供養祭

台風26号による大雨で大規模な土砂崩れの被害、伊豆大島の方々に衷心よりお見舞いを申し上げます。

一日も早い復旧をお祈りいたします。

さて、人形のまち岩槻では年に一度の人形供養祭の法要が執り行われます。

人形のまち岩槻 供養祭今迄の感謝を籠めて人形に供養をお願いをいたします。

  • 日程     11月3日(祝) ※雨天決行
  • 時間     午前10時~午後2時(式典は午前11時~正午)
  • 場所     岩槻城址公園内 人形塚及び黒門周辺

・11月3日午前10時から人形塚で受け付けますのでお持込みください。事前受付不要。

・供養料:1人3,000円を目安として適切な供養料をいただきます。

 

破魔弓・羽子板は11月2日より営業位置します。

同時雛人形予約会も開催いたします。

 

雛人形・五月人形・破魔弓・羽子板・人形のまち岩槻 小木人形

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狩野派と橋本雅邦 埼玉県立歴史と民族の博物館

今日は祝日『体育の日』各地で運動会が行われたことでしょう。

武蔵一宮氷川神社では七五三のお祝いの参拝者も多かったようです。

さて、本日は 『特別展 狩野派と橋本雅邦』展へ出でかけてまいりました。

狩野派と橋本雅邦双龍図屏風 絹本墨画淡彩 六曲一双

橋本雅邦 明治30年(1897) 年ころ  神奈川県立歴史博物館蔵

大小の龍を描いた金地屏風。金に白と黒という限られた色いで構成されたシンプルな画面です。

蕨にも似た波は、同時期の『昇龍図』にも見られます。

明治20年代までは山水画で空間表現を試みた雅邦ですが、この頃には空間表現をさえぎるような金地の作品が制作され、その一連の作品と考えられます。

川越の画宝会会員 高橋幸助(1867~1934)の旧蔵品

花鳥図 狩野栄信(ながのぶ) 文化9(1812) 板橋区立美術館蔵

太湖石(たいこせき)紅白と淡い桃色の花を咲かせた牡丹、群青で塗りつぶした鮮やかな背景に配した。

画面上部には蝶が3匹、太湖石には番(つがい)とおぼしき小鳥が2羽描かれます。

群青の背景、牡丹の描写からは当時舶載された中国画の積極的な学習がみられ、栄信が時代に対応した多様な絵画制作を行っていたことをうかがわせます。

・・・・・・・・博物館館内作品説明より・・・・・・・

橋本家

橋本家はもとは京都出身といわれ、雅邦の曾祖父栄喜(?~1794)は松平周防守家に仕えました。

栄喜は木挽町狩野家6代目の狩野典信(みちのぶ)に入門し、以後橋本家は代々木挽町狩野家を師としました。

雅邦の祖父の伊貞栄信は7代目養信のもとで務め、師から『一字拝領』したことがわかります。

父養邦はもとは淀橋(現在 東京都新宿区)の米商の子として生まれ画を好み狩野家に出入りしたようです。

9代目養信(おさのぶ)が婿養子に推し養信の門人となりました。

この橋本家に誕生した雅邦もまてた、弘化3(1846)年木挽町狩野家9代目養信のもとへ入門し10代目雅信(ただのぶ)に画技を学びました。

・・・・・・・・博物館館内作品説明より・・・・・・・

 

埼玉県立歴史と民族の博物館では 『埼玉じてんしゃ物語』も同時開催中!!

埼玉県は、県民一人当たりの自転車保有台数が全国1位、また多くの自転車メーカーが所在し、生産台数も全国有数です。

さらに江戸時代に現・本庄市の村役人の庄田門弥が、世界最古の自転車ともいわれる『陸船車』を発明したという記録が残っています。

・・・・・・・・博物館館内資料より・・・・・・・

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 特別展 京都 東京国立博物館 

今日は秋晴れ、上野は家族連れをはじめ大勢の人で賑わっていました。

特別展『洛中洛外図と障壁画の美』が10月8日~12月1日まで開催されています。

織田信長、豊臣秀吉の登場によって戦乱の世が終わり徳川家康が江戸幕府を開いていく時代。

京都 都の姿——洛中洛外図

今から500年前から描かれはじめ室町時代後期から江戸時代を通して数多く制作された。

応仁の乱(1467~1477)によって荒廃した京都の街の復興し、長らく途絶えていた祇園祭が復活した明応九年(1500)頃、洛中洛外図屏風がうまれた。

京都が日本人として憧れの『花のみやこ』としてとらえはじめた時期、現在洛中洛外図屏風は三作品が知られている。

足利将軍邸や細川氏ら京都を支配した幕府の実力者が集まる上京部分と御所を含んだ下京を中心とする画面に四季の自然や行事を織り交ぜ一双の屏風とした。

江戸時代になると洛中洛外図屏風は新たな姿となる。

徳川家康が建てた二条所を中心に洛西地域の景観を描く。

京都御所と洛東つまり豊臣秀吉が築いた方広寺大仏殿や人々が祇園祭りに熱狂する光景。—–館内作品説明より一部抜粋—–

◆ 重要文化財 『洛中洛外図屏風 舟木本』 岩佐又兵衛筆 江戸時代

右隻の右端から、秀吉ゆかりの方広寺大仏殿、五条大橋へと続き、左隻に移って祇園祭の行列や西本願寺、さらに御所や二条城が左端に描かれる。(読売新聞記事抜粋)

◆ 国宝 洛中洛外図屏風 上杉本

狩野永徳が描いた洛中洛外図の最高峰。

第一三代将軍 足利義輝が永徳に描かせ、義輝没後の永禄八年(1565)九月に完成。その後織田信長が入手し上杉謙信へ贈ったと考えられている。

上京隻の下方中央に大きく将軍邸がある。下京隻の左上隅に比叡山があり、左から右へ鴨川が流れ、左方中ほどに御所が大きく慧可が枯れている。

御所と将軍邸を各隻に対比させて描く室町時代に描かれた洛中洛外図の基準的な画面構成である。——館内作品説明より——

この洛中洛外図は織田信長が一五七四年に上杉謙信に贈ったもの。

同じ天下を狙う上杉謙信に対して先に天下に手を掛けた織田信長が、それを誇示するために贈った。

この屏風は緻密に2485人の人物が2.5cmの大きさにこくめいにえがかれている。

↑ 屏風画像ははがきを使用

◆ 二条城の豪華絢爛な障壁画

◆ 竜安寺 方丈の襖絵がアメリカ・メトロポリタン美術館から里帰り

◆ 京都御所 かつての紫宸殿 玉座の背後に描かれていた、現存する最古の賢聖障子絵

会期中には作品の入れ替えはありますので、まだご覧になられていない方はご確認ください。

素晴らしい一日を東京博物館で過ごすことができ、またと見ることができない作品を鑑賞できたことに感謝いたします。

 

 

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秋の味覚を楽しみましょう♪

秋にはおいしい旬の食材がたくさんあります。

新米はもちろん栗、柿、銀杏、キノコ、りんご、ぶどうなどいろいろとあります。

先月の十五夜を別名芋名月と言われます。

皆様もご存じ先月の十五夜ごろの里芋ははしりで小ぶりだったような気がします。

今里芋はおいしいです。

さすが、NHKあさイチでも里芋のおいしいレシピをご紹介していました。

親芋から子芋、孫芋へと増えていく里芋は「子孫繁栄」の象徴とされていることは、皆様ご承知のことと思います。

地元岩槻の慈恩寺観音でも芋煮会が開催されています。

大いに秋の味覚を楽しみましょう。

小木人形メインサイト刷新中!!

ところで、小木人形のメインサイトをなかなか思い通りにはかどらず四苦八苦して手直ししています。

まだ、まだ、時間がかかります。

皆様に見やすいホームページをご覧いただけるよう頑張ります。

今後とも、小木人形のホームページをよろしくお願い申し上げます。

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秋晴れの一日を楽しみました。

すがすがしい晴天の日

秋は、豊かな作物が実り、ごはんがとてもおいしく感じられるうれしい季節です。

鬼皮をはがすのも大変ですが、秋の定番、栗ごはんを食べたくなります。

ところで、先日仕事で東北へ出かけてきました。

こんな稲掛けを久しぶりに見ました。

『杭掛け』と呼ばれる方法で稲を天日干しにしている様子は収穫の秋を感じます。

 

 

また、帰路に松島の瑞巌寺に立ち寄り、こんな素晴らしい雲に出会いました。

まさに本堂の上には鳳凰が大きな羽を広げている様子は感動です。

本堂へと続く参道は、両脇に杉木立が続いている様子は大震災後には津波の塩害で大変な数の杉が切られてしまいました。

まったく震災前とは様変わりで、さびしく感じましたが、その杉の木の一部が参拝者が腰を下す縁台となっていると聞き、杉の木を労う、厚い思いが込み上げてきました。

東北の人たちの一日も早い復旧とみなさまのご健康を心よりお祈り申し上げます。

 

 

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九月十九日は十五夜

このたびは台風十八号によって日本中あちらこちらと、豪雨、突風の多大の被害がありましたことは、テレビ、新聞紙上で承知いたしておるところです。

埼玉では熊谷地区の方には被害があわれたご様子。

被害にあわれました方々には、まことにお気の毒に存じ心からお見舞いを申し上げます。

一日でも早くご復興なされますようお祈り申し上げます。

中秋の名月ところで、台風も去って今日は素晴らしい秋晴れです。

九月十九日、旧暦八月十五日の満月はもっとも美しいといわれています。

旧暦では、七月から九月までが『秋』に当たります。その真ん中が八月なのです。

この八月十五日の満月を『中秋の名月』とし、収穫を祈り、お月見をするものです。

『月々に月見る月は多けれど、月見る月はこの月の月』という言葉あそびの歌に歌われている月も八月を指しています。

私たちはお月さまを幸せを感じながらゆっくりと眺めたいものです。

お月見のお供え物として、すすきは欠かせません。

秋の収穫稲穂に代わっての月の神様の依代としてのすすきです。

また、ススキの他では秋の七草として女郎花、フジバカマ、桔梗、萩、撫子、葛も供えます。

今年は素晴らしいお月さまが見られますように~~。

雛人形・五月人形・破魔弓・羽子板・人形のまち岩槻 小木人形

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九月九日は重陽の節句

最高の数字゛9゛が月と日に重なる重陽の節句

古代中国は、゛1゛から゛9゛までの奇数を縁起の良い陽数とし、偶数を縁起の良くない陰数とし、陽数の月に同じ日が重なる日に行事がある。

  • 1月1日・・・・・春節
  • 3月3日・・・・・桃花節
  • 5月5日・・・・・端午節
  • 7月7日・・・・・七夕節
  • 9月9日・・・・・重陽節

゛10゛は数の上では頂点の数、すなわち満つれば、欠けるということから゛9゛を最高の数、陽の数とし

9月の陽数の月に9の日が重なることから「重陽」とします。

平安時代には貴族宮中行事と邪気を避けたり、宴では菊酒を飲んだりと長寿を祝う。

江戸時代に五節句が定められ、無病息災を祈る重陽の節句は五節句その一つです。重陽の節句は地方の武家にも広まり菊酒を飲んだり、菊の花を楽しむようになりました。

五節句とは季節の節目に当たる日で、一年に五回の節句を祝う。

★一月七日=人日の節句(七草の節句)

★三月三日=上巳の節句(桃の節句)

★五月五日=端午の節句(菖蒲の節句)

★七月七日=七夕の節句(星まつり)

★九月九日=重陽の節句(菊の節句)

菊の時期の盛りは旧暦の9月9日ごろ、新暦で今年は10月13日となっております。

江戸時代から重陽の節句には栗ごはんを食べることから「栗の節句」とも呼びます。

 

後の雛

三月三日のひな祭りに対して 、旧暦九月九日(新暦でいえば10月中旬頃)の重陽の節句、または八月朔日(八月一日 )に飾るおひなさま。

幕末頃には大阪の一部や徳島・伊勢地方でおひなさまを飾る風習があった。

八朔に飾る風習も、西日本の広い地域で行われた。

重陽の節句 重陽に飾る雛を菊雛という。

菊の花をお飾りして、もう一度ひな祭りを楽しみます。 九月九日から十月十五日の人形の日 頃まで飾られてはいかがでしょうか。

雛人形・五月人形・破魔弓・羽子板・人形のまち岩槻 小木人形

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