お月さまには神様が宿るとして日本人は月に思いを籠めて眺めます。
10月8日の夜には、地球の影の中に月が入り込む『皆既月食』が起こります。
太陽–地球–月-が一直線に並び満月の時に起こります。
満月が完全に影入って『赤銅色』のお月さまを見ることができます。
秋の夜長には月明かりの中星空を眺めるのもおすすめです。
(岩槻工業団地内)
赤ちゃん授乳室完備
秋の博物館・美術館巡り2
『高野山開創1200年記念大法会』を記念して開催されます。
高野山の仏像での仏師といえば運慶と快慶です。
関東ではサントリー美術館、関西ではあべのハルカス美術館で開催されます。
あべのハルカス美術館
不動三尊像の矜羯羅童子立像と制多伽童子立像は五月人形の鎧兜の中でも人気商品です。
広島 厳島神社所蔵 国宝 浅葱綾威大鎧 (鎌倉時代後期)模写鎧です。
(岩槻工業団地内)
赤ちゃん授乳室完備
秋の博物館・美術館巡り ①
徳川家康公は元和二年(1616年)に現在の静岡駿府で亡くなり、久能山に葬られたが、遺言によりその翌年、日光に改葬され、東照宮に神として祀られる。
【家康公遺愛品の重要文化財「洋時計」や、歴代将軍の武具、久能寺に伝えられた国宝「久能寺経」などにより、久能山とそこで育まれた文化財を紹介するものです。】
静岡市美術館公式サイトより抜粋
(岩槻工業団地内)
赤ちゃん授乳室完備
見上げて輝くお月さまを眺める。そんな夜空に今宵はなって欲しいですねぇ~。
秋の始まりの旧暦の7月から9月までが月の満ち欠けを生活に取り入れていました。
真ん中に当たる8月は『中秋』と呼ばれ、この月に出る満月を『中秋の名月』といわれています。
秋の収穫を月に感謝を致します。
団子、ススキの他に里芋・栗などをお供えいたします。
(岩槻工業団地内)
赤ちゃん授乳室完備
縁起の良い奇数(陽数)の最大値”9”が重なることから重陽とよばれます。
゛縁起の良い奇数(陽数)の最大値”9”が重なることから重陽という。
平安時代初期には宮廷での節会に菊花宴がありました。
九月九日の重陽の日です。
重陽の節句と言います。
邪気を避けたり、宴では菊酒を飲み、髪には菊を差し、長寿を祝う。
五節句とは季節の節目に当たる日で、一年に五回の節句を祝う。
後の雛
三月三日のひな祭りに対して 、旧暦九月九日(新暦でいえば10月中旬頃)の重陽の節句、または八月朔日(八月一日 )に飾るおひなさま。
幕末頃には大阪の一部や徳島・伊勢地方でおひなさまを飾る風習があった。
八朔に飾る風習も、西日本の広い地域で行われた。
重陽の節句 重陽に飾る雛を菊雛という。
菊の花をお飾りして、もう一度ひな祭りを楽しみます。
九月九日から十月十五日の人形の日 頃まで飾られてはいかがでしょうか。
(岩槻工業団地内)
赤ちゃん授乳室完備
残暑厳しい折、皆様如何お過ごしでしょうか。
「残暑」と言えば全国高校野球が開催される頃です。
埼玉代表の春日部共栄は福井代表の敦賀気比と2回戦を17日に行われます。
岩槻も恒例の岩槻まつりを8月17日(日)に開催されます。
岩槻まつり 開始予定時刻 15時
人形のまち岩槻 小木人形 (岩槻工業団地内)
山形県がJR東日本と取り組む大型観光キャンペーンであるデスティネーションキャンペーンを記念して、上杉氏や上杉家中の甲冑を一堂に集め、その他刀剣、装束、絵画資料等、武器・武具の世界を紹介するとともに、近年当館が収集した新資料も公開し、上杉文化の粋をご堪能いただきます。
戦国時代の英雄上杉謙信の系譜を引く、米沢藩初代藩主上杉景勝から最後の藩主上杉茂憲まで13代およそ270年にわたり、米沢藩は上杉氏を領主としました。
その数の多さで有名な家臣団は、戦国期越後(新潟県)、北信濃(長野県)、北陸(富山県・石川県)、関東などの領主であった侍組と呼ばれる上級武士、上杉謙信の旗本馬廻組、上杉景勝の旗本五十騎組、直江兼続に属した与板組の三手組と呼ばれる中級武士、そして最も多い下級武士で構成されていました。
―—— HP 上杉博物館より抜粋 ―——
人形のまち岩槻 小木人形 (岩槻工業団地内)
織姫と彦星が神の怒りをかつて天の川の両側に離ればなれになり、機織り、牛飼いをするという約束のもと、年に一度、天の川をわたって出会う特別な日、七夕。
こどもたちも願いをこめて笹飾りには短冊を飾ります。
♪ 五色の短冊 私が書いた お星さまキラキラ 空から見てる(たなばたさま)♪
青、白、赤、黒、黄の五色に金、銀を加えた短冊も用意されます。
七夕の節句には小麦の素麺を食べる習わしも皆様ご承知のことでしょう。
人形のまち岩槻 小木人形 (岩槻工業団地内)
毎年恒例の朝顔市が梅雨の晴れ間という天候にも恵まれ開催されました。
沢山の鉢植えの朝顔に多くのお客様で賑わっています。
など他にもいろいろなイベントも用意され、人形のまち岩槻も楽しい一日です。
会場 岩槻駅前クレセントモール (岩槻駅徒歩すぐ)
人形のまち岩槻 小木人形 (岩槻工業団地内)
特別展の前置きにはこんなことが示されております。
『戦場のよそおい』
信長、秀吉、家康三人の天下取りの行方を左右した軍師・黒田官兵衛。
信長に才能を認められ秀吉の天下人の地位を築き戦国の騒乱に終止符を打った。
華やかな戦歴ゆえか、江戸時代以来、様々なエピソードに彩られる乱世を駆け抜けた官兵衛の59年の生涯。
本展では官兵衛ゆかりの品々を通して虚像のベールを剥ぎ取り官兵衛の実像を紹介する。
この特別展の内容が品々の展示がら伺えます。
戦国時代の軍師
戦時戦場において状況を見極め吉凶を占い見方に勝利をもたらすように、種々の儀礼を司る軍事故実に長けた技能者はこれまでも陣中では必要であった。
しかし官兵衛に代表される軍事体裁の言葉と運営を遂行する参謀としての総合的なマネージメント能力が織豊期の陣営には強く求められた。
当時軍師という正規の職掌があったわけではないが、難解な政治判断の諮問をうけ最高の解決策の判断を行える人物が希求された時代。
荒波に奔走されるなか一筋の光明を指し示す羅針盤のように軍師の冷静な手腕がその後の命運を大きくした。
秀吉を天下人に導いた要件に『三国志』の諸葛孔明に理想の軍事像を重ね合わせる竹中半兵衛とともに官兵衛の発案する現実的で当意即妙の献策は欠かせななかったと言える。
―———————– 展示内の説明から
黒田如水像などのゆかりの品々が素晴らしいです。
黒田長政が若年期から最も愛用した兜。
安土桃山時代の武将たちが着用した個性的な兜の代表例として知られる。
南蛮兜を模した桃形兜に水牛の角を形作った雄大な脇立が付属。
長政は大水牛脇立兜を何頭か所有していたが、この兜には黄金の前立が付属しているのが特徴的である。
黒漆塗桃形大水牛脇立兜の館内説明より
人形のまち岩槻 小木人形 (岩槻工業団地内)