雛祭り・雛人形の由来と歴史 No2

雛人形七段飾り

ひな祭りの風習が一般庶民に浸透されたのは、江戸時代中期以降

人形のまち岩槻 小木人形 雛人形雛遊(ひいなあそび)が教えるもの

上巳の祓とは別に雛遊という人形を持って遊ぶ児戯があります。

これを『ひいなあそび』とよんでいます。

これについて本居宣長は、ちいさく造ってあるので鳥のひなに例えて雛というと、言っておりますが、もともと京都が発祥地で、『ひいな』は京都の鉛とする方が自然のようです。

雛遊びが初めて史書に登場したのは、大人を対象としたもので、貴族の遊びに見られます。

これが子供の世界に広まったのは、かなり早いようです。

この雛遊びがひな祭りに発展していったとみる根拠は、ひな祭りの人形が、ひいなあそびのひいなが進化したものと見られることにあります。

また雛遊が単なる子供の『ままごと遊び』と違うところは、必ず男女対の人形を使っていることで、夫婦の純潔の道徳を心に植えつけ、雛道具は、婦女子の世帯の教訓、嫁入り道具を意識したものと言われています。

三月三日の上巳の祓と雛遊が結びついて、後のひな祭り

 

五月人形はじめてくらぶ

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(岩槻工業団地内)

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