雛人形を飾る意味ってな~に =小木人形 埼玉県 さいたま市 岩槻=

人形のまち岩槻 人形専門店も店頭に初お正月飾り・雛人形が並ぶようになりました。

 

ひな祭りは江戸時代になると『五節句』の一つに定められ庶民の間でも広く行われるようになりました。

 

初節句の゛ひな祭り゛にはさすが雛人形ですね。

子どもが主役のひな祭りも家族揃っての楽しみで大切な行事ですから

私も当然、ひな祭りは祖母に飾ってもらった、楽しい思い出ばかりです。

゛ひな祭り゛はお子さまの健やかな成長を祝う日本独特のお祭りてす。

旧暦の三月三日(上巳の節句)は桃の花が咲く季節にあたることから「桃の節句」とも呼びます。

寒い冬が去り、三月の初めの「巳の日みのひ」にお祓いをしたことからはじまりました。

ひな祭りは源氏物語という今から千年ぐらい前のお話にも出てくる行事。

このお祓いの日には、川原に出て、人間の形に切り抜いた紙で体中を撫でて、病気や穢れをこの紙に移して、川に流す。

人形のまち岩槻 流しびな

この「巳の日祓」をいつからか三月三日と決めて、行うようになり、そして、この日にひな祭りをするのは、祓いの行事と深い関係があるということです。

我が子の雛人形を飾れることはとても幸せです。

雛人形に託し、我が子の健やかな成長を願う、ひな祭りの行事は、古く平安朝の昔から行われる日本の伝統的な祭典 立春という声をきくと心も温かく、桃の節句です。

 

雛人形・京十番焼桐平台親王飾り

 



 

2022年度 雛人形・五月人形カタログ請求

2022年度 無料 雛人形・五月人形カタログ請求はこちらから


 

お子様の初正月飾破魔弓・羽子板飾り、2022年度雛人形予約会は11月1日からの営業です。

◆ 羽子板・破魔弓:11月1日~12月29日

(期間中は無休で営業いたします。)

◆ ひな人形:11月1日~2月24日

 

小 木 人 形

ひな祭り・ひな人形の由来と歴史

 

小木人形は、『お客さまに喜びを』をモットーに

人形のまち人形のまち岩槻 破魔弓・羽子板、雛人形、五月人形の人形専門店です。

店主・スタッフ一同心よりご来店お待ちしております。

 

 

人形のまち岩槻 小木人形 ひな人形初めてクラブ
人形のまち岩槻 小木人形 五月人形はじめてくらぶ

人形のまち岩槻 小木人形 カタログへ雛人形・五月人形 人形のまち岩槻 小木人形
〒339-0072  埼玉県さいたま市岩槻区古ケ場2丁目 岩槻工業団地内


赤ちゃん授乳室完備 
 

岩槻人形博物館開館記念名品展 見学の前に 天児と這子

岩槻人形博物館開館記念名品の中の天児・這子 について

雛人形をはじめとした人形には、病などの災厄から人を守る役割が期待され、誕生したものがあります。

 

 昔は、体中をなでた人形(撫で物)の変形として作られたものに天児(あまがつ)・婢女(ほうこ)という出産御祝の品としてのお人形があります。

※「天児」はT字形に組み白絹製の頭の部分をつけ、祓いに用いられる人形の一種。 平安時代からある。雛人形の由来と歴史 天児 これに赤ちゃんの産着などの衣装を着せて゛けがれ゛のお祓いの形代(カタシロ)としました。

 天児はT字形に組み白絹製の頭の部分をつけ、祓いに用いられる人形の一種。

平安時代からある。これに赤ちゃんの産着などの衣装を着せて゛けがれ゛のお祓いの形代(カタシロ)としました。

小児誕生の際に白の絹地で綿入れにし人形を作った。それを陰陽師、神主などの祈祷を済ませ、子供の災厄を人形に負わせるとし、子供の枕元に布団を設え置いた。毎日御膳も供えられました。いわゆる『形代』である。

首と胴は綿詰めの白絹、頭髪は黒糸、這う子にかたちどってあるので、この呼び名が付いた。

現代とはだいぶ医療の面・医薬品の面等、事情が異なり、必然的にどこのお家でも赤ちゃんが病気せず、無事に成長して下さいと、思う親心が天児(あまがつ)・婢女(ほうこ)というお人形に託されているのです。

ちょっと目には、お雛さまに似ているかしら【天児(あまがつ)】の方は天皇様のお子様方に使われ

 

【婢女(ほうこ)】の方は普通のお家で使われました。全部赤ちゃんの病気やら怪我という悪い災いを背負ってもらえると、考えていた訳です。

五・六歳位雛人形の由来と歴史 這子までの新しい衣装はまず最初に天児(あまかつ)・婢女(ほうこ)に着せ、その後我が子に着せたようです。

形から天児(あまかつ)が男雛に、婢女(ほうこ)が女雛になったとの見方もあるようです。現代は犬の張子が同じ思いで子供の枕元に置かれているのです。



雛人形(ひな人形・おひなさま)、ひな祭り(雛祭り)の歴史と由来

雛人形は女の子の幸せを願う親心で飾ります

ひな祭りは女の子の成長としあわせを願い、祝う行事です。

雛人形は長い時間をかけて女の人が人形によせる心と上巳の祓いとが一体となり形成されたものです。

 

人形ひとかた形代かたしろとは人、動物などを模した形を形取り、それに病気や穢れ、悪いものを移して身代わりになってもらうもののこと。

源氏物語、須磨の巻にある千年ぐらい前のお話しに出てくる行事で、光源氏が海辺に出て陰陽師(占い師)により祓いをし、紙を切って人の形に作り、その紙で体中をなでて、病気やけがれをこの紙の人形に移して、船に人形を載せて他界に流したとされています。

 

ひな祭り 日本の伝統行事 水辺の行事の無病息災を祈願しての『巳の日祓い』と『ひいな遊び』が一体となって生まれました。

雛人形はいろいろな穢れ、災いの身代わりになる大切なものとして長い時間を掛けて培われ、現代も女の子の幸せを願う親心で飾ります。

詳細は ↓↓

雛人形(ひな人形)、ひな祭りの由来と歴史

 

 

雛人形 繧繝

雛人形を見に行こう!! 人形のまち岩槻 小木人形

2018年度雛人形開催中です。

営業時間はAM9:30~PM6:00です。

ひな人形: 2月24日まで営業です。

期間中は無休で営業いたします。

 

 

人形のまち岩槻 小木人形 ひな人形初めてクラブ
人形のまち岩槻 小木人形 五月人形はじめてくらぶ

人形のまち岩槻 小木人形 カタログサイト雛人形・五月人形 人形のまち岩槻 小木人形
〒339-0072  埼玉県さいたま市岩槻区古ケ場2丁目 岩槻工業団地内


赤ちゃん授乳室完備 
 

ひな祭り、雛人形の由来と歴史 『 雛市』

 江戸で初めて開かれてた十軒店の雛市

雛市は享保(1716年)に開市されたものらしいといわれ、十間店(じっけんだな)は後に十軒店となった。

つまり、十間を限って出店が許され、場所は今の日本橋室町二丁目、三丁目にあたり、雛人形の集散地でした。人形のまち岩槻 小木人形 雛人形・ひな祭りの歴史と由来

安永(1772年)頃には雛市は十軒店の外に尾張町(現在の中央区銀座一丁目)にも設置されています。

寛政(1789年)頃からは、浅草茅町、池之端仲町、麹町、駒込などにも雛市が開かれています。

十軒店が大変賑わい、華やかをみせたのは、ここでは匂うばかりの片はずしや、文金高髷(まげ)が見られ、あだものがが目白押しだったところから、見るは法楽とばかり物見高い江戸っ子が寄って、箱の人形が生きた雛と見比べるといったところから推して、ここは歓楽的境地の傾向をおびていったようです。

人形のまち岩槻 小木人形 雛人形・ひな祭りの歴史と由来

五月人形はじめてくらぶ

人形のまち岩槻 小木人形 カタログサイト雛人形・五月人形 人形のまち岩槻 小木人形

(岩槻工業団地内)

赤ちゃん授乳室完備