大宮八幡宮 社報103号より
旧暦で言う九月九日は、新暦では十月半ば頃に当たり、菊の花盛りの頃です。
菊は秋の代表の花となっています。
春は蘭、夏は竹、秋は菊、冬は梅は四君子に挙げられます。
「菊の被綿(きせわた)着綿(きせわた)」重陽の行事
菊の露は長寿の薬効とされ、陰暦九月八日に菊の花に綿を被せて置き、翌九日、夜露を染み込ませた綿で体を撫でると、老いを拭い去るというものです。
大宮八幡宮 社報103号より
旧暦で言う九月九日は、新暦では十月半ば頃に当たり、菊の花盛りの頃です。
菊は秋の代表の花となっています。
春は蘭、夏は竹、秋は菊、冬は梅は四君子に挙げられます。
菊の露は長寿の薬効とされ、陰暦九月八日に菊の花に綿を被せて置き、翌九日、夜露を染み込ませた綿で体を撫でると、老いを拭い去るというものです。
江戸時代には「後のひな祭り」という風習が生まれました。
これは九月九日の重陽の節句にひな人形を飾り、大人の女性が幸せと長寿の願いをこめるというもの。
虫干しを兼ねて節句人形を再び飾ることで、傷むのを防いで長持ちさせようという知恵もふくまれています。
——- 全日本人形専門店チェーン小雑誌より ——-
後の雛
「和国の女児、雛遊びをなすこと、古き物語にも出でたり。
上巳の節に拠あるよし、三月の部に注す。
今また九月九日に賞する女児多し。
源氏物語には、尋常にも雛遊びありと見えたれべ場、重陽に翫ばんには、なほさもあるべきか。
俳諧、これを名づけて”後の雛祭”とす。
上巳に対していへるなり」 ———- 滑稽雑談 (正徳三) より
日本の女の子は雛を飾って楽しんで遊ぶことを古い物語にでています。
上巳の節句をとても楽しみ、今九月九日にも雛を慈しみ楽しむ女の子が多いです。
源氏物語にはいつも雛を飾って楽しむと言われ、重陽の節句もまた同じようになさっていたようで。
これを名づけて後の雛まつり」とします。
後の雛祭りも上巳のひな祭りも同じ行事です。