広島 厳島神社所蔵 国宝模写 浅葱綾威之大鎧飾りNo321-E
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絵韋の不動明王が目を引く優美な印象の気高い鎧飾り
不動明王
明王とは大日如来のの化身として、魔を砕き、煩悩を焼き尽くして衆生を正しい道に導く不動明王

広島 厳島神社所蔵 国宝模写(鎌倉時代後期)四分之一 浅葱綾威之大鎧飾りNo321-E
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【商品番号】広島 厳島神社所蔵 国宝模写 浅葱綾威之大鎧 四分之一飾り No321-E 【価格】¥365,200(税込) 【サイズ】間口84cm×奥行45cm×高さ90cm |
日清戦争の時も、浅葱綾威鎧は明治天皇の御居間に飾られて、天皇の御覚え目出度かった鎧です。
- 革所が不動明王と不動明王二童子、矜伽羅(こんがら)、 制た伽(せいたか)を配した三尊形式です。
- 浅い紺糸(浅葱)の鎧飾り、八幡太郎源義家の奉納と伝えられる。


- 兜は合わせ鉢仕様、胴の背面には逆板がついています。

大鎧の特徴
- 肩の肩上に障子の板がついている。
- 胴の前面に弦走の革が張ってある。
- 胴の右わきが脇楯で合わさっている。
- 草摺は前後、右と左の脇楯に一枚ずつ四枚と決まっている。
- 左右の草摺のつけ根は蝙蝠付という一枚革でとめてある。
- 胸の両側に栴檀・鳩尾という二枚の板が付いている。
- 背に逆板が付いている。


厳島神社は平家関係の宝物が収蔵されていますが、敵となる源家の名将の鎧兜も所蔵されています。
源義光の黒韋威胴丸も所蔵されています。
弦走と吹返の不動明王の絵韋は二度に渡って北九州を襲った元の大軍と、それを迎撃した日本軍の激戦の時不動明王が脚光を浴びる。
戦闘方式も元寇から射戦から太刀打ちに変化し、鎧兜もそれによって変化します。

鎧兜の飾り段・屏風枠は焼桐仕様になっております。
焼桐は桐仕様ですので、飾り付けはとても楽にできます。
普段のお手入れも汚れ難く、埃・塵が付きにくいとの好評です。


五月人形はいつからいつまで飾ったらよいのでしょう。
春分の日頃から四月中旬までには飾りたいものです。
そして一番重要なのは、毎年人形を飾ることです。
年一回のお祭りです。

面倒くさらずに、毎年飾ることによって、ご家族の願いもかなえられるのではないでしょうか。
季節の節目という節句の由来を考えると、五月中旬ごろまでの天気の良い日に仕舞ってください
鯉のぼりも同様です。

本来は五月五日の当日、または五月四日の晩(宵節句といいます)に両家の祖父母やお祝いをくださった方、友人などをお招きします。
お返しは子供の名前で内祝いとして出します。柏餅 端午の節句のお供え物、古くから、粽・柏餅が多く使われます。
御礼の手紙に赤ちゃんのスナップ写真をつけると、なお喜ばれるでしょう。
ただし、お祝いをいただいた方をお祝いの席に招待すればお返しの必要はありません。
赤ちゃんが生まれて、初めて迎えるお節句を初節句といいます。
五月五日のこどもの日がこの日にあたり、正式には端午の節句といいます。
それは、古来中国から伝わった五月初めの午の日という意味から始まったもので、奇数月の同じ数の重なる日をめでたいとしていたことから五月五日に定着しました。






