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人形のまち岩槻 小木人形

歴史と人形の伝統が息づく岩槻

 歴史の重みとゆかしさを今に伝える゛人形のふるさと岩槻゛今から約500年前、太田道灌(おおたどうかん)が関八州の北の砦としてこの地に岩槻城(別名白鶴城)を築いてから、奥州、北陸道に通ずる江戸近隣の城下町として栄えたまちです。やがて江戸時代には、岩槻の街を貫く岩槻街道が゛日光御成街道(にっこうおなりかいどう)将軍の日光参拝の通行路としてつかわれました。

11月3日には人形供養祭が開催されます。
岩槻城祉公園 人形塚


毎年11月3日人形供養祭


 城下町として、また宿場町として賑わった岩槻には、日光東照宮の造営、修築にあたった工匠たちが、そのまま足をとどめ、人形づくりをはじめました。岩槻周辺は昔から桐の産地で箪笥や下駄などの桐細工が盛んでした。工匠は、この桐と又水が敵しているということで人形づくりがおこり、現在に至っています。


@  杉並木

日光に通じる御成街道 杉並木がある。

岩槻城下の繁栄の名残りが感じられる。
A  慈恩寺 

坂東33ヶ所の12番札所しとて有名である。
天長元年慈覚大師により開山

宗派 天台主宗  本尊 千手観世音菩薩
5月5日 玄奘祭 
B  玄奘塔

「西遊記」で知られる玄奘三蔵法師の霊骨塔で、昭和25年、当時の慈恩寺住職大島見道師によって建立された。霊骨塔は全国でここ一ヶ所で、ここから奈良の薬師寺に分骨された。
C  久伊豆神社

岩槻総鎮守。埼玉県の「ふるさとの森」「埼玉の自然百選」のひとつにも選ばれたように、森に囲まれた野鳥の宝庫。
D  龍門寺

岩槻藩主 大岡忠光の墓がある。
E  平林寺跡

新座市の平林寺はここから移されたもの。
F  愛宕神社

岩槻城大溝は岩槻城と城下町の周囲を取り巻土塁と堀を示し、岩槻城の外郭にあたる。現在、その大半は破壊され、愛宕神社周辺等にわずかに残っている。
G  浄安寺

遷喬館の創立者 児玉南柯、岩槻城主 高力清長の墓がある。
H  時の鐘

江戸時代(1671年=寛文11年)に建立。
岩槻のシンボルとして今でも午前・午後6時に澄んだ音を響かせている。
I  岩槻公園

岩槻城の曲輪の部分に当たる。公園内には、黒門と呼ばれる岩槻城の表門が保存されている。また、黒門と向かい合うように人形塚があり、毎年11月3日には人形供養が行われている。

また、公園内桜の名所です。
J  餘容館

岩槻に由縁の深い故中村餘容先生がご自身の(中村雛)書・画・詩文をはじめ、各名家の寄贈による宝書・古名画等の貴重な文化財を後世に遺すため私財を投じて建設されました。
K  遷喬館

約400年前、岩槻藩士の児玉南柯が創建した私塾で後に藩校となった。藩校で現存しているのは、ここだけである。
L  郷土資料館

館内には祖先が生活に使用していた農具、民具を中心に展示されている。
M  民俗文化センター

全国でただひとつの県立の「わざの博物館」である。民俗芸能、民俗工芸など無形の技を実演・公開することを特徴としている。郷土埼玉に息づく、伝統の「わざ」の美しさ、力強さにふれられる。
N  武蔵第六天神社
青天狗と赤天狗の絵馬は大変珍しい。
境内にぱ樹齢数百年と言われる藤の花をはじめ牡丹、紫陽花、躑躅などが咲き乱れ、元荒川沿いの岸頭には桜並木が続き、埼玉の自然百選、岩槻の観光名所として賑わう風光明媚なお宮です。
また、門前には数軒の川魚料理家(鯰の天麩羅、鰻の蒲焼等)が立ち並んでいる。

O  金剛院

岩槻の文化財となっている金剛力士(仁王)像がある。

資料  人形のまち岩槻観光マップ  岩槻区観光協会    п@048-757-4111(内線2331)








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