五月人形・戦国武将・上杉謙信公 色々威腹巻具足模写鎧兜

上杉神社蔵 重要文化財 色々威腹巻具足模写(上杉謙信公の鎧(飯綱権現前立て)
上杉神社蔵 重要文化財 色々威腹巻具足模写(上杉謙信公の鎧(飯綱権現前立て)

上杉神社蔵 重要文化財 色々威腹巻具足模写(上杉謙信公・飯綱権現前立て)

サイズ  間口80cm×奥行70cm×高さ90cm

 
 五月人形・戦国武将 上杉謙信 上杉神社蔵模写 飯綱権現前立兜 (仕様 陣幕飾り)
五月人形・戦国武将 上杉謙信 上杉神社蔵模写 飯綱権現前立兜 (仕様 陣幕飾り) 

上杉神社蔵 重要文化財 色々威腹巻具足(上杉謙信公・飯綱権現前立て)模写兜 陣幕飾り

サイズ間口55cm×奥行35cm×高さ56cm


腹巻とは、南北朝と時代が進むと歩兵戦法に変わり、太刀・薙刀・槍を使用するため、

腹巻に袖をつけてものを着用するようになった。

室町時代には大鎧は衰退され、腹巻鎧は武将にも好まれ、大鎧の略式具として、各所形が整えられた。 




国宝 洛中洛外図屏風 上杉本

国宝 洛中洛外図屏風 上杉本



狩野永徳が描いた洛中洛外図の最高峰。

第一三代将軍 足利義輝が永徳に描かせ、義輝没後の永禄八年(1565)九月に完成。
その後織田信長が入手し一五七四年に 同じ天下を狙う上杉謙信に対して先に天下に手を掛けた織田信長が、それを誇示するために、上杉謙信へ贈ったと考えられている。

上京隻の下方中央に大きく将軍邸がある。
下京隻の左上隅に比叡山があり、左から右へ鴨川が流れ、左方中ほどに御所が大き描かれている。

御所と将軍邸を各隻に対比させて描く室町時代に描かれた洛中洛外図の基準的な画面構成である。

この屏風は緻密に2485人の人物が2.5cmの大きさに克明に描かれている



上杉本の作られた理由

戦国時代 越後の上杉謙信は越後と北信濃を拠点に次第に勢力を増しつつありました。

天下統一を狙う織田信長はそうした謙信との駆け引きに高価な贈り物を利用しました。
その一つに『洛中洛外図の屏風』があったといわれます。

また、謙信が二度上洛し謁見を求め、忠誠を誓った将軍足利義輝が謙信のために描かせたという説もあります。

ところが、目的を果たす前に義輝が没してしまったため、のちに信長が引き継いで謙信に贈ったという伝来です。------米沢市上杉博物館館内説明より

 五月人形・戦国武将 上杉謙信公イラスト
◆ゆかりの地◆   春日山城跡――――新潟県上越市
上杉謙信の本拠として知られる山城跡。謙信が出陣前に必勝祈願をされた毘沙門堂(復元)や、直江兼続の屋敷跡を見ることも出来る。

春日山城跡
★ JR春日山などからバス