ではもう少し詳しく見てみましょう
三月三日になぜ女児のお節句(節供)でひな祭りをするのかしら
雛人形のルーツは中国渡来の「上巳(じょうし)」の節句です。
中国では昔3月3日に水辺にて身を清め、穢れ(けがれ)を祓う習慣がやがて日本にも伝わつたもので、桃花節(とうかのせつ)とも言われました。
この‘巳の日祓い’をいつからか三月三日として行うようになりました。持統天皇の五年(691年)には上巳を三月三日としている文献があります。こうして三月三日にお雛祭りをするのは、お祓いの行事との関わりの有る事を知ることが出来ます。
「曲水の宴」と穢れ(けがれ)を祓う習慣との関り
奈良時代から平安時代にかけ、宮中、貴族の邸宅で行われた遊宴の行事。
三月上巳または桃の節句に、杯を水の流れに浮かべて穢れ儀式としておこなわれた。
参考 大宰府天満宮(福岡)
遠い昔から、寒い冬も去り、時として二月よりも風も冷たく寒い日がありますが、春をとても楽しく待ち遠しく感じる月初めの巳の日にお祓いをしたことからはじまりました。
源氏物語、須磨の巻にある千年ぐらい前のお話しに出てくる行事で、光源氏が海辺に出て陰陽師(占い師)により祓いをし、紙を切って人の形に作り、人形(ひとかた)、形代(かたしろ)と呼ばれれます。その紙で体中をなでて、病気やけがれをこの紙の人形に移して、船に人形を載せて他界に流したとされています。
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